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未曾有の大地震、大津波に見舞われた東日本大震災から1年弱、被災地の環境や被災者の心の傷は今尚修復し難く、完全復興や回復は不可能という声もある。
しかし、大戦後や大災害後に社会福祉は大きく進展したという歴史的事実に学び、世界に類をみない今回の大災害を転じて日本の社会福祉向上の機会と捉えて前進したい。
さて、今年度本会の役員改選が有り、副会長と云う大役を拝命した。
青天の霹靂とも云うべき今回の出来事で、恰も突然高山に登った如く、息苦しささえ感じた。
しかし社会福祉の道に入職して以来、心より尊敬する仲村優一先生、阿部志郎先生、鈴木五郎先生が半世紀を超えて牽引して来られた日本ソーシャルワーカー協会の新リーダーとして、岡本民夫先生が立ち上がられたことを心から喜び、今回の役割期待を天啓と肝に銘じ、不撓不屈の精神で支え、組織発展の為、社会福祉向上の為に全力を傾注したい。
さて、前置きが少々長くなったが、社会福祉を取り巻く環境は大きく変化してきている。
社会福祉は施設から在宅へと転換され、1990 年代に全国規模で福祉基盤が整備され、2000年に措置から契約へと制度が転換された。
特に社会福祉事業に営利企業やNPO等の多様な主体が参入し、増加する現在、社会福祉法人は少数派にさえなりつつある。
地域包括ケアシステム研究会報告で「地域包括ケアシステム」の構築が明確に示され、市・町に限定された「地域密着型サービス」が今後の中心施策となり「自助・互助・共助・公助のバランスの取れた福祉」がテーマとなってきた。
これをどのように具現化するかが我々に与えられた大きな命題である。
この命題の実現の為には社会福祉法第24 条の定めのように、社会福祉の主たる担い手と明記された、社会福祉法人が名実共に機能する為には、社会福祉法人経営の中心にある理事長、施設長が古き良き時代の社会事業家の精神を改めて学び、現代の社会に合致した社会福祉事業を展開する必要がある。
地域包括ケアの実現の為には、全ての社会福祉従事者がソーシャルワーカーとしての視点を持ち、職務遂行すると共に地域互助の中心となるキーパーソンも市民ソーシャルワーカーとして実践し得るよう、ソーシャルワークの一般化が必要と考える。
その為には日本ソーシャルワーカー協会が、社会福祉事業主、管理者や従事者等の教育や研修の機能を果たすと同時に、地域の互助の中心となる市民にソーシャルワークの教育、動機づけをする役割を果たさねばならない。
本会執行部の多くは福祉教育に携わる方だが、私の役割は福祉実践者として本会に社会福祉事業の現場実践者の仲間を増やし、日本型福祉の実践の確立と理論化ができるように努めたい。
「ケアマネージメントからソーシャルワークへ」という潮流・うねりを本会主導で創って行きたい。
結びに今年5月26・27日、本会の総会・セミナーが沖縄で開催される。
その「社会福祉事業経営とソーシャルワークのあり方」という分科会で多くの仲間と地域包括ケア時代の社会福祉事業経営と展開のあり方、「コミュニティアセスメント」のあり方等の議論を考えている。
多数の関係者の参加を心から期待する次第である。
(JASW副会長 川西基雄)

2012年02号 日本ソーシャルワーカー協会会報 第77号
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2012.03.31 Sat l その他の提言 l コメント (0) トラックバック (0) l top
去る7月、東京で開かれたIFSWアジア会議に参加する機会を得た。
86年8月の国際会議以来25年目で、「ソーシャルワークの定義」や「グローバルアジェンダ」が議論され、大きな節目を感じる有意義な大会であった。
この25年間、日本の社会福祉も大きく様変わりした。89年の「今後の社会福祉のあり方について」の理念は「市場原理」や「競争原理」の考えに代わり、福祉の力点は経済重視や契約・等価交換などの合理的な考え方で処理されようとしている。
また、問題重視・技法重視の傾向は「問題を見て人を見ない」「現場より制度重視」になりかねない、というのが私の印象である。
先日、社会福祉法人の施設長の研修会で発言する機会を得た。
討論の中では、現状を肯定しつつも、深いレベルでの危機感を感じさせる発言も多く、社会福祉法人の存在理由だけでなく「社会福祉事業」という用語さえ消滅するのでは、という声まで聞かれた。
様々なレベルで、上意下達・権威的手法が存在し、組織の私物化、縦割り、心と技術の乖離、営利追求や党派的傾向は強化され、臨床場面で最も重要な役割を果している介護職等(看護職や民生委員等も含め)が低く評価され、若者の福祉離れまで引き起こしている。
力ある者や特権階級にある人たちは、競争原理を公然と取り入れ、力をもって自らの権益や生活を守ろうとする。しかしそのような競争の原理は、優勝劣敗の現実を生み出し、富の偏重や人間の軽視、差別や偏見を生み、世界各地において「平和のための戦争」という明らかに矛盾した論理によって国民に犠牲を強いる戦争の原因にさえなっている。
身近なレベルから国際レベルまで、力ある者はより強く、力ない者をより弱い立場に追い詰める原理ではないか。
今回の東北の震災の現場を訪れた際、あまりの被害の大きさに言葉を失い、一人に人間の無力さを思い知らされた。
しかし、その後の国内外からの支援には素直に感動し、世界が賞賛した被災者の方々の冷静さ・秩序ある行動に対し、同じ日本人として誇りに思い、感謝の気持ちで一杯になった。
私たちが学ぶべきは、人間にとって本当に必要なものは「暖かい人間の絆」であり「普通の生活」であること、そして困難に対しては国や宗教、貧富の違いを超えて世界は一つになれるという事実ではないだろうか。
人々が助け合う間にも、権力のある者は殺し合い、力ある者は地位や勢力拡大に懸命であったのは悲しむべき事実である。
このような時代において、世界の底辺で生活する「無欲な人々が望む平和な社会」を実現するために、政治的手段に代わる「新しい価値基準・手段」として「ソーシャルワーク」を位置づけることはできないかと考える。
会議の中でグローバルアジェンダを討議し、国連や世界にネットワークを有し、倫理綱領を有し、社会正義や人間の好ましいあり方(Well-Being)を目的とするソーシャルワークは、単に援助技術にとどまらず、競争や力を基本とする政治的手法に欠落する「人間を中心とする視点・実践原理」を有しているのではないだろうか。
我々には、震災の中で多くの人々が示した模範がある。
世界には、力によらず(非暴力によって)社会は変えられることを証明した先人たちの例など多くの手本がある。
我々は、競争と不安の多い現実社会にあって、私たち一人ひとりが手にした「ソーシャルワーク」を再確認し、底辺の現場で無欲に働く内外のワーカーたち目を向け、謙虚な姿勢で手を取りあっていく必要がある。
その点で、IFが提示した「ソーシャルワークとは何か?」「我々がと組むべき課題は何か?」という問いは、そのまま我々自身の課題でもある。
専門職団体として、会員の資質を保障する研修体制は必須である。
そのために人々の思いや歴史にに学び、「福祉学」を体系化に努め、ソーシャルワークの普及と世界へのジョイント役となると同時に、誇りをもって行動するソーシャルワーカーでありたいと考える。

2011年12号 日本ソーシャルワーカー協会会報 第76号
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2012.01.19 Thu l その他の提言 l コメント (0) トラックバック (0) l top
長きにわたり主柱的存在として日本ソーシャルワーカー協会を主導されてきた仲村優一元会長は、自己紹介するときには「私はソーシャルワーカーの誰々です」とまず名乗り、その後で各自が所属する職場なり組織名を述べることを提唱されていた。
そこには常にわれわれはソーシャルワーカーであることの自覚と戒め、さらに矜持をもつべきだとの深い思いがこめられていた。
ソーシャルワーカーはさまざまな場で支援活動を展開しており、所属や職種、職階も多岐にわたっている。
実践現場で活動している人もいれば、ソーシャルワーカーを養成する教員の多くもまたソーシャルワーカーとして活動している。
それぞれの専門分野で定められた資格を有する人もいれば、資格はなくとも業務を通じて範となるべきソーシャルワーカーもいる。
しかしながら支援活動をする際に所属や職種を伝えるワーカーはいてもソーシャルワーカーと名乗る人は殆どいないように思う。
それがまた多くの市民にソーシャルワーカーの存在や名称が膾炙されない所以かもしれない。
専門分野が細分化されるに従い、ソーシャルワーカーとして分野を超えた共通基盤や認識が薄れてきたのかもしれない。
ソーシャルワーカーの専門性は
「知識(理論・制度)」
「技術(ソーシャルワーク)」
「価値(倫理・人間の尊厳)」
の練磨にあり、それらを学ぶ機会や場も多くあるが、近年では各自が所属する専門分野以外の学会、講演会、研修会等には参加者も少なく関心を示さない傾向にある。
しかしながら専門分野ごとに特有な視点や手法はあっても分野や職能団体の枠を超えて共に認識を深め、学ばねばならない共通基盤としての課題があるはずである。
それはソーシャルワーカーとして最も基本である実践行動上の基本指針と戒めを問う倫理であり価値でなかろうか。
アメリカでも、代表的な専門職とされる医師や弁護士と比べ、社会福祉職は専門教育期間が短く、生命、人権への関わりが浅く、倫理綱領が明白でないなどの理由で、専門職として疑わしいとの議論があり、フレックスナーとか、ケースワークの母として著名なM.リッチモンドもそういった指摘をし、専門職であるための提唱もしていた。
そこで1973年の全米ソーシャルワーカー協会が初めて社会福祉専門職の倫理綱領を採択し、現在では10 万人規模のソーシャルワーカーが専門分野を超えて繋がっている。
1975年にはイギリスのソーシャルワーカー協会の総会で倫理綱領を採択し、国際ソーシャルワーカー協会(IFSW)が1976年に倫理綱領を採択したという歴史がある。
ところが、日本には社会福祉職に共通した倫理綱領が無く、度々の要請にも拘らず当時の厚生省は、倫理綱領を保持していないということで社会福祉専門職の国家資格をためらった。
ところが、日本で開催された国際社会福祉会議が社会福祉専門職制度促進の契機ともなったが、1986年にわが協会が「ソーシャルワーカーの倫理綱領」を策定したことにより、翌1987年に「社会福祉士及び介護福祉士法」が制定され10年後の精神保健福祉士の誕生に寄与したことは周知の事実である。
また2002年には福祉4団体共通の倫理綱領の検討を開始し成果も挙げてきた。
専門分野を超えたソーシャルワーカーの架橋的繋がりを基とするわが協会は、これまでもソーシャルワーカーの倫理に重きを置き倫理委員会でも盛んに議論され刊行物も上梓してきた。
市場原理、競争原理が導入され、ややもすると営利性が先立つ福祉現場やその管理者・経営者、また議論が始まった市民ソーシャルワーカーの養成、そして「私はソーシャルワーカーの誰々です」と名乗り、それを誇りにするためにも、ソーシャルワーカーの価値・倫理を問い続けることに日本ソーシャルワーカー協会存立の原初的意義があると認識している。

2011年10号 日本ソーシャルワーカー協会会報 第75号
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2012.01.19 Thu l その他の提言 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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