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去る7月、東京で開かれたIFSWアジア会議に参加する機会を得た。
86年8月の国際会議以来25年目で、「ソーシャルワークの定義」や「グローバルアジェンダ」が議論され、大きな節目を感じる有意義な大会であった。
この25年間、日本の社会福祉も大きく様変わりした。89年の「今後の社会福祉のあり方について」の理念は「市場原理」や「競争原理」の考えに代わり、福祉の力点は経済重視や契約・等価交換などの合理的な考え方で処理されようとしている。
また、問題重視・技法重視の傾向は「問題を見て人を見ない」「現場より制度重視」になりかねない、というのが私の印象である。
先日、社会福祉法人の施設長の研修会で発言する機会を得た。
討論の中では、現状を肯定しつつも、深いレベルでの危機感を感じさせる発言も多く、社会福祉法人の存在理由だけでなく「社会福祉事業」という用語さえ消滅するのでは、という声まで聞かれた。
様々なレベルで、上意下達・権威的手法が存在し、組織の私物化、縦割り、心と技術の乖離、営利追求や党派的傾向は強化され、臨床場面で最も重要な役割を果している介護職等(看護職や民生委員等も含め)が低く評価され、若者の福祉離れまで引き起こしている。
力ある者や特権階級にある人たちは、競争原理を公然と取り入れ、力をもって自らの権益や生活を守ろうとする。しかしそのような競争の原理は、優勝劣敗の現実を生み出し、富の偏重や人間の軽視、差別や偏見を生み、世界各地において「平和のための戦争」という明らかに矛盾した論理によって国民に犠牲を強いる戦争の原因にさえなっている。
身近なレベルから国際レベルまで、力ある者はより強く、力ない者をより弱い立場に追い詰める原理ではないか。
今回の東北の震災の現場を訪れた際、あまりの被害の大きさに言葉を失い、一人に人間の無力さを思い知らされた。
しかし、その後の国内外からの支援には素直に感動し、世界が賞賛した被災者の方々の冷静さ・秩序ある行動に対し、同じ日本人として誇りに思い、感謝の気持ちで一杯になった。
私たちが学ぶべきは、人間にとって本当に必要なものは「暖かい人間の絆」であり「普通の生活」であること、そして困難に対しては国や宗教、貧富の違いを超えて世界は一つになれるという事実ではないだろうか。
人々が助け合う間にも、権力のある者は殺し合い、力ある者は地位や勢力拡大に懸命であったのは悲しむべき事実である。
このような時代において、世界の底辺で生活する「無欲な人々が望む平和な社会」を実現するために、政治的手段に代わる「新しい価値基準・手段」として「ソーシャルワーク」を位置づけることはできないかと考える。
会議の中でグローバルアジェンダを討議し、国連や世界にネットワークを有し、倫理綱領を有し、社会正義や人間の好ましいあり方(Well-Being)を目的とするソーシャルワークは、単に援助技術にとどまらず、競争や力を基本とする政治的手法に欠落する「人間を中心とする視点・実践原理」を有しているのではないだろうか。
我々には、震災の中で多くの人々が示した模範がある。
世界には、力によらず(非暴力によって)社会は変えられることを証明した先人たちの例など多くの手本がある。
我々は、競争と不安の多い現実社会にあって、私たち一人ひとりが手にした「ソーシャルワーク」を再確認し、底辺の現場で無欲に働く内外のワーカーたち目を向け、謙虚な姿勢で手を取りあっていく必要がある。
その点で、IFが提示した「ソーシャルワークとは何か?」「我々がと組むべき課題は何か?」という問いは、そのまま我々自身の課題でもある。
専門職団体として、会員の資質を保障する研修体制は必須である。
そのために人々の思いや歴史にに学び、「福祉学」を体系化に努め、ソーシャルワークの普及と世界へのジョイント役となると同時に、誇りをもって行動するソーシャルワーカーでありたいと考える。

2011年12号 日本ソーシャルワーカー協会会報 第76号
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2012.01.19 Thu l その他の提言 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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